若い頃は、目の前に
納得できないものがあると、
そこに全部ぶつけていた。
現場でも、打ち合わせでも、
深夜のスタジオでも、
自分が納得するまで引かなかった。
言葉を重ねて、
相手が黙るまでやめない。
心が震えていないと、
仕事をしている気が
しなかったんだと思う。
それを見ていた人の中には
「よく言ってくれた」と
言ってくれる人もいた。
実際、あの熱がなければ
動かなかったものもあった。
ただ同じだけ、
あのやり方で傷つけた人もいる。
今になって思い出すのは、
賛美してくれた人の顔よりも、
黙って下を向いていた人の顔のほうだ。
あれが良かったのか、悪かったのか。
正直まだ分からない。
あの熱がなければ
今の場所にはいない気もするし、
もっと違うやり方が
あったんじゃないかとも思う。
そのまま答えを出さずに、
ここまで来た。
人生を折り返したくらいの今、
思うことがある。
怒りや不満に、
心を支配されたくない。
怒りはエネルギーとしては強い。
ただ、燃費がものすごく悪い。
一日中それを抱えていると、
本当に使いたいことに回す分が残らない。
気づけば、曲も書けていないし、
人にもやさしくできていない。
だから今は、
納得できないことが目の前に出てきても、
それを自分のやりたいことや
自分の人生から切り離すようにしている。
見なかったことにする、
というのとは少し違う。
同じ机の上に置かない、
という感覚に近い。
横に置いておいて、
必要なときだけ手に取る。
もちろん仕事の場合は、
最低限やるべきことはやる。
立場上、線を引くところは引くし、
言わなきゃいけないことは言う。
ここで書いているのは、
もっと大枠の話。
出来事そのものより、
それを心のどこに置くか、という話だ。
これでいいのか、違うのかは、
少し先に行ってみないと分からない。
ただ、前より静かな時間が
増えたのは確かだ。
今のところ、
それでいい気がしている。