RED WARRIORS vs ZIGGYのライブで、
森重樹一さんがMCで、こんな話をしていた。
まだデビュー前だった頃。
ホームにしていた
渋谷のLa.mamaに、
RED WARRIORSの
シャケ(木暮武彦さん)が
ライブを観に来てくれた。
終演後、わざわざ楽屋まで来て、
こう言ってくれたという。
「あの土砂降りの雨の歌、
よかったよ。」
(「I'M GETTIN' BLUE」のこと)
音楽を長くやっていると、
どこかでこう信じるようになる。
人を育てるのは、
レッスンだ、
契約だ、給料だ、と。
環境を整えれば、
才能は勝手に伸びると。
その感覚は、間違っていない。
ただ、
作り手の記憶に残るのは、
だいたい別の場所にある。
あの日の森重さんに
効いたのは、
ボイトレでも、機材でも、
事務所の肩書きでもなかった。
すでにメジャーに出ていた
先輩が、
雨の夜のライブハウスまで来て、
楽屋のドアを開けて、
曲の名前でも番号でもなく、
「あの土砂降りの雨の歌」と
特定して褒めたことだ。
そのあと二人は友達になり、
森重さんがシャケさんの家に
遊びに行った時、
「Morning After」の
デモテープを聴かせてもらった。
すごくBeatlesみたいで、
かっこよくて、
「こんな曲、
自分たちも書けるようになりたい」
と思った。
そう語っていたのが、
心に残った。
これは責めているわけじゃなくて、
構造の話。
人は、技術の説明より先に、
「誰かに見てもらえた」という
実感で動く。
憧れは、
カリキュラムでは渡せない。
手渡せるのは、
現場に現れた人間の、
短い言葉だけだ。
ここで少し、自分の話をします。
僕は今、
音楽プロデューサーとして
所属アーティストと
向き合っている。
歌の直しもする。
スケジュールも見る。
でも、ふと考える。それと同じくらい、
ステージのあとや
練習の合間に、
具体的な一言を
渡すことも仕事だと思っている。
「あのフレーズ、よかった」
「今日のあの曲、届いてた」
直しだけだと、
相手の記憶に残るのは
欠点の方ばかりになる。
だから、どこが良かったかを
名前をつけて返す。
森重さんのMCを聞いて、
自分がやっていることの
芯がそこにあると
改めて確認した。
レッスンを増やすより、
一言を増やす方が
効く瞬間がある。
育成は、
修正と憧れの両方を
渡すことだと思っている。
じゃあ、
レッスンは要らないのか。
そんなことはない。
技術は、
憧れを形にするための
翻訳装置だ。
でも順番がある。
先に火がついていないと、
どれだけ正しい練習を積んでも、
ただの作業になる。
「あんな曲を書きたい」
「あんな先輩に認められたい」
その熱がないままの練習は、
だいたい途中で冷める。
まぁ、でも。
「よかったよ」と
言えば育つ、と
簡単に言うつもりもない。
言葉は軽い。
届くかどうかは、
誰が、いつ、
どこまで来て言ったかに
かかっている。
シャケさんが
楽屋まで来たこと。
すでに出ていた側が、
まだ出ていない側の場所へ
足を運んだこと。
その距離の方が、
たぶん本題だ。
矛盾してるね。
言葉が大事だと言いながら、
言葉そのものより
立ち位置の話をしている。
人を育てるって、
そういうもんだと思う。
ちなみに。
RED WARRIORSの
結成は1985年、
ZIGGYは1984年。
森重さんの
「RED WARRIORSは
自分たちの1年後輩」は、
結成年どおりだった。
デビューは逆で、
RED WARRIORSが1986年、
ZIGGYが1987年。
だから、
デビュー前のZIGGYを
すでに出ていたシャケさんが
観に来た、という話も
筋が通る。
結成とデビューは、
別の時計で動いている。
節目の年は、
いつも企画と言葉の
フックになる。
40周年の会場で聞いた
40年前の楽屋の話が、
いちばん長く残ったのも、
たぶんそのせいだ。